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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)1698号 判決 1956年10月22日

原告 田中太助 外一名

被告 大阪砂利建設有限会社 外一名

主文

被告両名は各自、原告田中太助に対し金一三〇、〇〇〇円原告田中ヨシコに対し金一〇〇、〇〇〇円を支払え。

原告両名のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告両名の、その一を被告両名の負担とする。

この判決は各原告勝訴部分に限り、原告田中太助において金四〇、〇〇〇円、原告田中ヨシコにおいて金三〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実<省略>

理由

被告青木が被告会社に雇われ、被告会社の自動車を運転して昭和二十九年六月一二日午前九時三〇分頃大阪市福島区海老江中三丁目附近阪神国道より中津運河に通じる道路を進行した際、原告等の長男である田中良一(当時五才)が右自動車に接触して負傷の結果同日午前九時四〇分頃死亡したことは当事者間に争いがない。

よつて先ず右事故について被告青木に過失があつたかどうかについて判断する。証人米沢善次郎、同織田一夫、同中井義一の各証言及び被告青木本人の尋問の結果並びに検証の結果を総合すれば、被告青木が前記日時に前記国道上を砂利運搬用特種自動車を運転して北進し、中津運河に通じる道路(巾四・五メートル)に左折しようとし時速を五キロ位に減じたとき、被告青木は自動車の進路前方の国道左側の歩道上を北方に向け田中良一外二名の幼児が歩いて行くのを認めたが、同人等の通り過ぎた後方を安全に通過できると思い、そのまま左折進行したところ、良一が突然自動車に気付かず引返して来たので、被告青木は急停車の処置を採つたが間に合わず、自動車の右側前部あたりを同人に接触させて地上に倒し、更に停車直前自動車の右後車輪のタイヤで同人の頭部を地上に圧迫し頭蓋底骨折により死亡させたことが認められ、証人米沢善次郎の証言中右認定に反する部分は信用し難い。元来幼児は何時何処に走り出すか予測のできない行動に出ることは、通常の事例であるから、右認定のように幼児の傍を通過する場合においては、自動車運転手である者は特にその幼児の行動に注意を払い、幼児が何時どのような方向に進み出ても直ちに急停車して衝突を避けることができるよう事故を未然に防止すべき注意義務があるものといわねばならない。従つて被告青木には前示の自動車運転者としての注意義務違反があるというべく、被告青木の過失によつて右良一を死亡させたものといわなければならない。

被告青木本人尋問の結果によれば本件事故発生当時被告青木は被告会社の事業である土砂運搬に従事中であつたことが認められるから、被告会社は本件事故により原告等に加えた損害を賠償すべき義務があるものである。

次に良一の死亡によつて原告等の受けた損害について判断する。

原告が良一の葬儀のため支出したと主張する費用中一五、四〇〇円は、原告太助本人尋問の結果によれば、原告等が被告会社と本件事故につき示談交渉のため代理人に支払つた費用及び内容証明郵便の発送に要した費用であつて、本件事故により通常生ずべき損害でないことはいうまでもなく、また被告等が予見した又は予見することができた特別の事情による損害でもない。しかし右尋問の結果によれば原告太助が良一の葬儀法要のため四三、五〇五円を支出した事実を認めることができる。また原告は本件事故のため原告太助が勤務先を一九日間欠勤したと主張するけれども、原告太助本人尋問の結果によれば、原告太助は工員としての勤務先大阪瓦斯株式会社酉島工場から良一の死亡により三日間の有給休暇を与えられたものであつて、右一九日間は被告会社との示談交渉のため欠勤したものが大半であつて、良一の法要のために欠勤した日数は不明であることが認められるばかりでなく、たとえその中に法要のため欠勤した日があつたとしても、示談交渉及び法要のための欠勤による一日五〇〇円の割合による減給は、前同様本件事故により通常生ずべき損害でなく、被告等の予見した又は予見することができた特別の事情による損害でもない。従つてこのような損害について被告等に賠償を求めることはできないものであるから、右一九日間の減給を前提として将来の昇給減額及び退職金減少額について損害賠償を求めることも許されないといわなければならない。以上のとおり原告太助が本件事故により受けた財産上の損害は四三、五〇五円である。

被告は、本件事故は交通頻繁で危険の多い場所に僅か五才の幼児を放任しておいた保護者としての原告等の過失に基因すると主張するけれども、前段説明のとおり本件事故は自動車運転手としての被告青木の過失に基くものであつて、良一は当時僅か五才で行為の責任を弁識するに足るべき知能を有しなかつたものであるから、良一の不注意をもつて民法七二二条二項にいわゆる被害者の過失にあたるものとすることはできない。しかしながら、原告太助本人尋問の結果によると、原告等の居宅は本件事故発生の場所の近くにあり、良一を一人で遊びに出していた事実を認めることができるのであつて、阪神国道のように交通頻繁で危険の多い場所に僅か五才の幼児を放任しておくことは、良一の両親として保護監督にあたるべき原告両名の側にも幾分注意に欠けるところがあり、民法七二二条二項にいわゆる被害者に過失があつたものというべく、損害賠償の額を定めるについてこれを参酌しなければならない。(大審院昭和二年(オ)第八〇二号昭和三年八月一日判決民集七巻六四八頁参照)そこで被告両名が原告太助に対し本件事故により加えた財産上の損害中賠償すべき金額は三〇、〇〇〇円を相当と認める。

原告両名は本件事故により長男の急死にあいその精神上被つた苦痛の甚大であることは当然であるが、前段認定の原告太助の職業、原告両名の過失その他諸般の事情を考察し、被告両名が原告両名に支払うべき慰謝料の額は各一〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

以上の認定によれば、被告両名は各自原告太助に対しては前示損害金及び慰謝料合計金一三〇、〇〇〇円を、原告ヨシコに対しては慰謝料金一〇〇、〇〇〇円を支払うべき義務があるといわねばならないから、原告両名の請求は右の限度で正当として認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

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